「自由にやっていいから」
最近では、職場だけでなく、子どもクラブチームでも耳にする。
一見、とてもいい言葉に聞こえます。
自分の好きなように、自分のペースでやればいい。
でも、思うんです。
人には「強制力」が必要な場合があるんじゃないか?
もちろん、何でもかんでも強制すればいいという話ではありません。
でも、私たちの身の回りを見てみると、意外と「強制力」によって成り立っているものって多いんですよね。
例えば義務教育
日本での当たり前とされてることって、学校教育の中で身に着けたものが多い。
それは知識だけの話じゃない。
以前インドに行ったとき、学校の校長が平気でポイ捨てするのを目の当たりにしました。
彼は、ゴミが土や川にかえると思ってるんです。
ベトナムの取引先の社長からは、
「どうせ毎朝掃除をするんだから」
と社員が社内に平気でゴミを捨てるという話を聞きました。
ポイ捨ては新興国だけじゃない。
新婚旅行でイタリアで見たのは
「清掃員の仕事を奪ってはいけない」
と言ってポイ捨てする現地の人。
どれも日本ではあり得ない光景。
もちろん、文化が違うので、日本が正しいというわけでもないのですが…。
ただ、日本では勉強だけでなく、社会のルール、モラル、道徳といったことも学ばされます。
もし義務教育がなく
「勉強したい人だけ学校へ行けばいい」
だったら・・・
チョット想像つかないですね。
SNSにしてもそう
私はSNSやYouTubeを「見るな」とは言わない。
見たいなら、むしろ見ろ!
「よし!今日はとことんSNS見て過ごすぞ!」
そう決めてやってるなら、それもイイ。
でも、ただなんとなく見続けてるというのはいかがなものか。
……
先月(2026年8月)、Metaとアメリカの州政府の裁判が和解し、インスタとFacebookに時間制限が施されることが決まりました。
現時点では、アメリカの10代だけの対象ですが
なんなら日本も、
さらにはYouTubeも
なんて考える母親は私だけだろうか。
学校から帰ってスマホを開き、気づけば寝る時間だった。
そんな話しもよく聞く。
本人が時間を意識できないなら、強制終了させる仕組みがあってもいいんじゃないでしょうか。
ライザップもそうだよね
トレーニングにしても食事制限にしても、本来は自分でできること。
そこにお金をだして、強制的にやらされる。
考えてみると馬鹿な話ですよね。
とはいえ、そうしないと目的を達成できない自分がいるんです。
「これだけ払ったんだから、やらなきゃ!」
という考えにもなる。
また、給料もらったら全部使っちゃうから自動引き落としで積み立てる。
これもライザップと同じだよね。
ただ、こういった勘違いされては困るのが
強制力の必要性が
すぐに「楽(らく)したがる」「怠けたくなる」からではない
そもそも私は、「楽(らく)したい」をむしろ肯定しています。
楽するために、どうすればいいか考える。
ムダな作業をなくす。
仕組みをつくる。
こういった効率化が「楽」を生むわけで。
なので私は、
「楽したい=悪」とはまったく思っていません。
まぁ、この話はまた別の機会に。
問題は知らぬ間に流されてること
と私は考える。
気づいたらSNSをずっと見ていた。
運動しなきゃと思い、気づけば半年経っていた。
ただ、何もなければそのまま日常が続いていく。
だからこそ、その状態から強制的に引っ張り出す何かが必要なんじゃないでしょうか。
また、ダイエットのように長い時間をかけての目標って、後回しにすることが多い。
「あとで」「また今度」と言った感じに優先順位を下げがち。
そういった 目標達成に強制力は有効な手段 と私は考える。
大人になっても、ときと場合によっては
やらぜるを得ない状況が必要なのかもしれない。